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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)259号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

大洋スレート工業株式会社

右代表者

吉村克己

右訴訟代理人

白井俊介

被控訴人(附帯控訴人)

水野善一

右訴訟代理人

高橋貞夫

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。

二  被控訴人の請求および附帯控訴により当審で拡張された請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地賃貸借契約の成立、本件土地上の建物の滅失、控訴会社による建物の再建、これに対する被控訴人の異議に関する当裁判所の認定判断は、原判決理由1ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。

二被控訴人は、本件土地賃貸借は、昭和四六年四月三〇日付の通知(異議)により、同年五月一三日限り期間満了により終了した旨主張するが、右主張の失当であることは、原判決理由5に記載のとおりであるから、これを引用する。

三次に、被控訴人が昭和四六年四月三〇日内容証明郵便をもつて、本件土地賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をし(同時に建物の建築に対して異議を述べ)、右通知はそのころ控訴会社に到達したことは当事者間に争いがなく、前記引用にかかる原判決認定事実によれば、控訴会社が賃貸借期間満了に近くなつて建物を再築したことは黙示的に更新請求をしたものであり、これに対し被控訴人は遅滞なく異議を述べただけでなく、昭和四六年六月一二日控訴会社に送達された本件訴状をもつて本訴を提起したことは記録上明らかであるから、被控訴人は期間満了後控訴人の本件土地の使用継続につき遅滞なく異議を述べたものということができる。

四そこで、被控訴人の右更新拒絶および使用継続に対する異議について、正当事由の有無を検討する。

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(一)  控訴会社は、昭和七年六月一日設立以来、柄沢倫太郎と前田信次郎が被控訴人先代から賃借した本件土地を本店所在地として、スレートブロツクタイルの製造販売をしており、昭和二〇年戦災により建物を焼失したが、まもなく再建し、その後控訴会社が昭和二六年五月一四日本件土地を賃借して事業を続けてきた。ところが、昭和四四年三月二三日、原因不明の出火により、建物を焼失した(同日火災により建物が焼失したことは当事者間に争いがない)。

(二)  被控訴人は、右火災の翌日である同年三月二四日付で控訴会社に対し、内容証明郵便をもつて、賃貸借契約を解除して明渡を求める旨通知したので、控訴会社は同年四月一五日付内容証明郵便で解除の撤回を求めた。そこで、被控訴人は、同年五月頃北山徳雄に委任して明渡の交渉をし、明渡条件につき種々交渉が重ねられたが、約半年を経過した後、結局法律に訴えて解決しようということになり、被控訴人は北山の進言により、賃貸借期限一杯まで様子を見ることにして交渉を打切つた。

(三)  控訴会社は、出火の約二か月後に、本件土地の周囲に沿つてコンクリート塀を建てた。これは火災で焼けた範囲を特定し、外部から自由に立入できないようにし、将来工場として使うためであつた。その後は、資金ぐりと右明渡の通告に基づく紛争の法律的解決を待つためとの両方の理由により、建物建築を差し控え、専ら工場再建の準備に努めていた。

(四)  控訴会社は、右火災により住宅だけ焼け残つたので、そこを仮事務所として使つていたが(住宅の敷地は本件土地と地続きだが、所有者は別である)、約一年半程して、仮事務所では不都合が多いため事務所を建築しようとしたところ、たまたま、統一地方選挙(昭和四六年四月施行)のため、西村津岐夫候補から選挙事務所の話が出たので、相談の結果、建築は控訴会社が主体となり、費用はまず西村の方で負担して、仮設建物を建て、先に選挙事務所として使うこととした。このようにして、建物は昭和四五年夏頃完成し、西村が九か月ないし一〇か月間選挙事務所として使つた。その間、控訴会社は前記仮事務所を使つていた。そして、昭和四六年四月選挙が終つた後、控訴会社の方で建築費用を支払い、さらに控訴会社の費用で事務所として改装した(なお、登記簿上は昭和四六年三月三一日新築と記載されている)。また、控訴会社は右事務所と同時に物置を建築し(ただし、敷地の地番は異る)、さらに、同四六年四月末頃作業兼倉庫を建たが、右建物は賃貸借期限の昭和四六年五月一四日以降も存続する非堅固の建物であつた(控訴会社が被控訴人主張の建物を建築したことは当事者間に争いがない)。北山は右建物の建築を見てこれを被控訴人に通報し、被控訴人は同年四月三〇日付内容証明郵便をもつて、控訴会社に対し、建物建築に異議を述べるとともに更新拒絶の意思表示をし、その後まもなく名古屋地方裁判所に対し、現状変更禁止、占有移転禁止の仮処分申請をした(仮処分申請の点は当事者間に争いがない)。

(五)  控訴会社は、その以前の同年四月一三日丸友機械株式会社との間で、受渡期限を同年五月二〇日と定めて、セメントサイロ設備一式の売買契約をし、プラントの建物建築とサイロ設備の基礎工事をしていたが、たまたま、同年五月一七日、名古屋地方裁判所執行官が同裁判所昭和四六年(ヨ)第五七九号不動産仮処分申請事件の執行をした当日、右サイロ設備が搬入された。控訴会社としては、これをキヤンセルすれば、契約違反により多額の違約金を支払わねばならなくなるので、これを拒むことができず、すでにでき上つていた基礎の上にこれを設置したが、その使用は止めている。

(六)  控訴会社は、豊田市に約3,305.78平方メートル(一、〇〇〇坪)の土地を所有し、同所には工場、プラント一基があり、スレートブロツクタイルの製造をしている。

(七)  控訴会社の主な製品納入先は官庁であるので、通産省の日本工業規格表示の許可(いわゆるJISマーク)を必要とし、工場別にこれを得ていたが、本件土地の工場では、コンクリートミキサーが使えないため、昭和四七年に右許可を返納した。

(八)  他方、被控訴人の本件土地使用の必要性は、まだ具体的なものはなく、将来、勤務している会社を退職したら、本件土地を利用して生活の基礎にしたいという程度である。

右に認定した控訴会社と被控訴人の双方の事情を比較考量するに、被控訴人は控訴会社の再築に異議を述べたことによつて、借地法第七条による更新を生ぜず、残存期間だけ借地権が存続することになり、借地期間の満了によつて借地権は消滅するが、この場合、借地人は用法違反にならない限り、再築することができ、残存期間を越えるというだけでは、再築を禁じたり、工事を中止させたり、借地契約を解除することはできない。したがつて、被控訴人主張の、「本件土地上の建物が火災その他の事由により滅失したため、さらに借地権の残存期間を越えて存続すべき建物を築造しようとするときは、借主は予め貸主の承諾を得ることを要する」旨の特約は、前記法条に反する契約条件であつて、借地権者に不利なものであるから、同法第一一条によりこれを定めなかつたものとみなすべきものであり、控訴会社が賃貸借期限まで余すこと僅かの時期に残存期間を越えて存続すべき建物を建築したからといつて、これをもつて不法ということはできない。そして、控訴会社が残存期間を余すこと僅かの時期にいたつて、残存期間を越えて存続する建物を築造したという事実を考慮しても、前記認定の双方の事情からも明らかなように、控訴会社の本件土地使用の必要性は、被控訴人のそれに比して大なるものがあると認められるので、結局、被控訴人の更新拒絶および本件土地の使用継続に対する異議には、正当事由がないものといわざるを得ない。被控訴人は、また、控訴会社は仮処分を無視して本件土建物を建築したとして正当事由を主張するが、右に述べたとおり、控訴会社には仮処分をうけるいわれはなかつたのであるから、右仮処分は違法であり、控訴会社が仮処分にかかわらず前記建物を建築したことをもつて控訴会社に不利な事情として被控訴人の異議に正当事由を認めるのは相当でない(被控訴人は、本件土地につき妥当な地代――適正増額請求もして――を徴収することによつて生活の基礎とすることも出来るはずである)。

五次に、被控訴人は、控訴会社の所為は信頼関係を破壊するものであるから、本件訴状で契約解除の意思表示をする旨主張するが、前記認定のとおり、本件建物、工作物の築造、設置はなんら不法のものでないから、信頼関係を破壊したことにはあたらない。

六資料および損害金の請求について

(一)  被控訴人は昭和四四年四月一日から同四六年五月一三日まで一か月五万円の割合による賃料を請求するので検討する。

本件土地の賃料が一か月五万円の約束であることは当事者間に争いがない。

被控訴人が右期間内の賃料の受領を拒絶したので、控訴会社が一か月五万円の割合により右期間の賃料の弁済供託をしたことは、被控訴人が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

そうすると、右供託は有効であるから、被控訴人主張の右賃料債権は右弁済供託により消滅したものである。

(二)  被控訴人の損害金の請求は、前記のとおり、本件土地賃貸借が前記期限に終了せず、有効に存続するものである以上、損害金債権発生の余地はなく失当である。

七結語

以上の次第で、被控訴人の本訴請求および附帯控訴により当審で拡張された請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決中控訴人敗訴部分はこれを取消し、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(植村秀三 西川豊長 上野精)

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